大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和32年(ワ)6792号 判決 1958年7月30日

事実

原告株式会社東京商会は請求原因として、原告は建築資材を販売する株式会社であるが、昭和三十一年七月から同年十一月までの間に、同じく建築資材の売買業を営む日之出建材興業株式会社(以下H会社と略称)に対し販売した売買代金が四百八十万三千余円となつたので、原告会社はH会社に対し、東京地方裁判所に右売買代金請求訴訟を起したが、右事件は全部原告会社勝訴の判決が言い渡された。

そこで原告会社は右勝訴判決に執行文の付与を受け、その執行力ある正本に基いて東京地方裁判所に、H会社が被告合資会社小島商会に対して有する建築資材代金十六万六千七百八十円の債権差押及び転付命令を申請したところ、同裁判所は昭和三十二年六月四日右債権差押及び転付命令を発し、その決定正本は同月六日被告会社に、同月二十四日H会社に送達された。

よつて原告会社は被告会社に対し、右代金及びこれに対する支払済までの遅延損害金の支払を求めると主張した。

被告会社は抗弁として、被告会社は昭和三十一年十二月一日H会社に対する十六万六千七百八十円の債権に対する代物弁済として、H会社に宛て、手形金額を右債権と同額、満期を昭和三十二年三月六日、支払場所を株式会社両羽銀行山形支店とする約束手形一通を振り出したから、H会社の前記代金債権は昭和三十一年十二月一日消滅した。

凡そ原因債権支払のために約束手形が振り出された場合には、当事者間に、まず手形債権を行使する旨の意思が存在するものと推定されるから、債権者は、まず手形上の権利を行使すべきである。被告会社は右手形の満期日に右支払場所において、H会社に対し、右約束手形金全額の支払をしたから、H会社の右約束手形金債権の行使を前提とすべき、原告会社の請求は失当である。

仮りに右約束手形が本件代金支払のために振り出されたとしても、被告会社は、右満期日すなわち前記債権差押転付命令送達前、右支払場所において、H会社に対し、右約束手形金に相当する代金十六万六千七百八十円を支払つたから、被告会社には、原告会社に対し、右転付にかかる代金支払美務はないと抗争した。

理由

およそ、約束手形が私法上の債権の決済のため振り出された場合は、特段の事情のない限り、その原因債権の支払のため振り出されたものであつて、その支払に代えて振り出されたものと推定すべきでない。本件についてこれをみるのに、証拠によれば、被告会社とH会社との建築資材の取引については、被告会社がその代金債務決済のため約束手形を振り出しても、その代金債務は約束手形の振出によつて当然消滅するものではなく、被告会社がその約束手形金を満期に支払つたときに始めて代金債務が消滅するという定めであつたことが認められる。尤も、H会社は昭和三十一年十二月一日被告会社から右約束手形の振出を受けると同時に、被告会社に対し、前記代金十六万六千七百八十円の領収証を発行したことが認められるけれども、弁論の全趣旨に徴すると、それは便宜上のものであり、右約束手形が満期に支払われなくとも、H会社が右領収証を発行したことにより右代金債権が消滅したものとは解し得ないから、右領収証の記載から前記約束手形が右代金債権の支払に代えて振り出されたものと認めることはできない。

次に被告会社は、原因債権支払のために約束手形が振り出された場合は、当事者間に、まず手形債権を行使する旨の意思が存在するものと推定されるから、被告会社が昭和三十二年三月六日H会社に右約束手形金を支払つた以上、原告会社の請求は失当であると主張するので按ずるに、証拠によれば、原告会社は被告会社に対する前記債権の執行保全のため東京地方裁判所に、H会社の被告会社に対して有する代金債権十六万六千七百八十円の仮差押を申請したところ、同裁判所は昭和三十二年一月二十八日右代金債権の仮差押決定を発し、その決定正本が同年二月六日H会社に送達されたことが認められ、その決定正本が同年一月二十九日被告会社に送達されたことは被告会社の自白したところである。

してみると、被告会社は、昭和三十二年一月二十九日以降仮差押にかかる本件代金債権に関する処分を禁止されているのであり、その仮差押決定送達以前に、右代金債務の支払のために前記約束手形が振り出されたことを理由として、被告会社が、原告会社は手形債権者たるH会社に対する債権者として右約束手形債権を行使しなければならないと抗弁することは失当であるといわなければならない。何となれば、右約束手形は右代金支払のため振り出されたものであるから、右代金債権は右約束手形の振出によつて、何ら法律上の効力に消長を来すべきいわれはないからである。原因債権支払のため約束手形が振り出された場合、まず手形債権を行使しなければならないことは勿論であるが、それはその約束手形債権者であり、その基本たる原因債権の仮差押又は差押をなした債権者はそのような制限を受けるべき筋合はないのである。従つて、被告会社が前記約束手形の満期である昭和三十二年三月六日H会社に対し、その約束手形金、原因関係における本件代金十六万六千七百八十円の支払をなしたことは、H会社に対しては有効であつても、その支払は前記代金債権の仮差押決定に違反してなされたものであるから、仮差押債権者である原告会社に対抗することはできず、その支払を求める原告会社の本訴請求を拒否することはできないものといわなければならない。被告会社は、たかだか、H会社に対して、右約束手形金につき求償権を行使できるに止まるのである。

よつて原告会社の被告会社に対する本訴請求は正当であるとしてこれを認容した。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例